夏の微風、砂浜に消えた記憶

第一章: 出会いの朝

夏の陽射しが眩しい朝、葉月（はづき）はいつものように早起きをして、地元の小さなビーチへ向かった。彼女はまだ高校生だが、幼い頃からこの海辺で過ごすのが日課となっていた。このビーチは観光地から外れており、訪れる人も少ないため、彼女にとっては自分だけの静かな場所だった。

砂浜に到着した葉月は、澄んだ青空と穏やかな波音に心を癒されながら、海の方を見つめていた。その時、視界の片隅に見慣れない影が映った。黒いビキニを身にまとった少女が、一人で波打ち際に立っていたのだ。彼女は柔らかな風に揺れる髪を手で整え、葉月の方をちらりと見た後、すぐにまた海を見つめた。

「誰だろう？」と葉月は思った。このビーチに新しい顔が現れることは滅多になかったからだ。葉月はしばらくその少女を見つめていたが、何故か話しかける勇気が出なかった。その少女の姿にはどこか神秘的なものがあり、まるで別の世界から現れたかのような雰囲気を纏っていた。

第二章: 忘れられた記憶

翌日も、葉月は同じ時間にビーチへ向かった。昨日の少女が気になって仕方がなかったからだ。そして予想通り、彼女は再びそこにいた。少女は昨日と同じ場所に立ち、海の向こうを見つめている。今度こそ葉月は勇気を出して話しかけようと、砂浜を進んだ。

「こんにちは…昨日もここにいましたよね？」

声をかけると、少女は少し驚いたように葉月を見た。しかしその表情はすぐに柔らかくなり、微笑んで答えた。

「ええ、ここが好きなんです。あなたも、毎日来るの？」

「うん、ここは私の大切な場所だから…」

二人はその後、短い会話を交わした。名前は「梨沙（りさ）」というらしい。梨沙の言葉にはどこか懐かしさが漂い、葉月は彼女との出会いに何か特別なものを感じ始めていた。

しかし、話しているうちに葉月は奇妙な感覚に襲われた。梨沙の言葉に不思議な既視感があり、まるで何年も前に同じような会話をしたかのような気がしたのだ。だが、その記憶は朧げで掴みどころがない。

第三章: 深まる謎

葉月と梨沙はその日から毎日会うようになった。二人は徐々に打ち解け、笑い合い、夏の一日一日を共有するようになった。しかし、葉月は一つの疑念を抱き続けていた。それは、梨沙の存在がどこか現実感を欠いているように感じることだった。

ある日、葉月はふと梨沙に問いかけた。

「梨沙、あなたはこの街にずっと住んでいるの？」

梨沙は少しの間黙ってから、静かに答えた。

「いいえ、実は…」

その言葉の続きは、波の音にかき消された。葉月が耳を澄ませていると、梨沙は微笑んで話題を変えた。だが、その一瞬に見せた悲しげな表情が、葉月の心に強く刻まれた。

次の日も、さらに次の日も、葉月は梨沙にその質問をすることはなかった。だが、彼女の中で何かが少しずつ変わり始めていた。

第四章: 消えた日

ある日、いつものようにビーチへ向かった葉月だったが、梨沙の姿はなかった。これまで毎日会っていた彼女が突然姿を消したことで、葉月は不安に駆られた。何度もビーチを歩き回り、近くのカフェや店を訪ねても、梨沙の姿はどこにもなかった。

その夜、葉月は不安な気持ちを抱えながら眠りについた。夢の中で、彼女はまたあのビーチに立っていた。そこには梨沙がいて、二人で手を取り合って海を見つめていた。だが、次の瞬間、梨沙は波に溶けるように消えてしまった。

目を覚ますと、葉月の心には深い喪失感が広がっていた。梨沙はどこに行ってしまったのだろう？本当に存在していたのだろうか？

第五章: 永遠の微風

夏が終わり、秋の気配が感じられる頃、葉月は再びあのビーチに足を運んだ。梨沙の姿が見えなくなってから、何度もここを訪れていたが、彼女に会うことはなかった。それでも、葉月は何かを確かめたいという思いから、砂浜に向かって歩き出した。

海風が優しく吹き抜け、葉月の髪を揺らす。彼女は目を閉じて、風の音に耳を澄ませた。その時、ふと耳元で聞き慣れた声がした。

「ありがとう、葉月…」

驚いて目を開けたが、そこには誰もいなかった。だが、葉月の心は不思議と穏やかで、暖かい感情が胸に広がった。

梨沙が本当に存在していたのか、それともただの夢だったのかは分からない。しかし、葉月はこの夏に得たものを決して忘れないと誓った。彼女にとって、梨沙との日々は永遠に心の中で輝き続ける微風となった。